2010年12月29日水曜日

【書評】『初めて台湾語をパソコンに喋らせた男-母語を蘇らせる物語』

田村 志津枝 著『初めて台湾語をパソコンに喋らせた男-母語を蘇らせる物語』
現代書館(平成22年10月刊)

この本は、台南に住む実在の人物「アロン」を通して台湾人の
台湾語・台湾文化への思い、台湾の現代史を浮かび上がらせて
いる。

また、映画『悲情城市』に対する台湾人の批判的な見方を紹
介している点で貴重な一冊である。

アロンは、コンピューターの専門家で、台湾の第三原発にも勤
めたが、その職を辞して、台湾語のマルチメディア百科事典と
もいうべきソフトウェアの作成に生涯をかけている。このアロンと
著者の長年にわたる交流を描いたのが本書である。

著者は、本書にあるように、1944年、台南生まれの湾生(わ
んせい)であるが、「引き揚げ」後、長野で教育を受け、さ
らに紅衛兵から中国語を学んだ。台湾語を解さない著者の言
動は、時に、台湾人を傷つける言葉があるのではないかとハ
ラハラさせられるが、著者は素直な疑問をアロンにぶつけ、
自らの考えを修正していく。ぶつかりながら、理解を深めてい
るところが好感を持てる。それに著者はこれまで台湾映画を
日本に紹介してきたという大きな実績があり、本書によって、
そのこと自体も客体化し、多角的な視野を日本に提供した。

現在公開中の台湾映画『モンガに散る』が、内容は、台湾
語と中国語のバイリンガルであるが、その日本語タイトルから
して、台湾語軽視を露呈している。舞台となっているのは、
バンカである。だからこそ日本時代に萬華という字が当てられ
たのであろう。これをこの映画は、製作者が台湾語のローマ
字表記を知らないものだから、訛った台湾語と英語の知識で、
Mongaと表記した。それを台湾語を知らない日本の配給会
社が、そのままカタカナに直して「モンガ」になってしまった
のである。知らないのであれば、しかるべき専門家に問い合
わせるべきではなかったか。ましてや、この件については、
本誌(註:メールマガジン『台湾の声』)で早くから指摘
があったのである。

字幕翻訳に当たっても「バンカというのはもともと平埔族の言
葉」という箇所が、「台北の地元の言葉」と、台湾の背景を
無視した翻訳が行われている。本書の出版によって、台湾語
軽視について反省の機運が生まれることを期待する。

本書には、台日大辞典の編者でもある、台湾言語学の祖・小
川尚義の名前を「小山尚義」とした誤植や、台湾の地名人
名に中国語でルビを振るなど、「中華民国への返還」を前提
とした措置がとられているが、そういった問題点にさえ気をつ
ければ、台湾人の台湾語・台湾文化への思いを日本語で紹
介したという点で、十分に推薦に値する書物である。

台湾語社会人クラスで、「熱い男の物語」と話題になってい
るこの本を是非一読されたい。

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